2026年度税制改正要望の最新動向と主要内容まとめ
1. 2026年度税制改正要望の概要
2026年度(令和8年度)の税制改正に向けて、政府内では各省庁から財務省への改正要望が8月下旬までに提出されました。また、産業界団体や経済界団体、各政党も独自の税制改正提言・要望を公表し、2025年末に決定する与党税制改正大綱の形成に影響を与えることが見込まれます。各省庁の要望を見ると、大きく「国内投資の促進」「少子高齢化対策」「脱炭素・エネルギー政策」「中小企業支援」「国際課税への対応」といったテーマが浮かび上がっています。特に、近年の円安や物価高による経済環境変化を踏まえ、個人・企業の税負担軽減や投資インセンティブの拡充が重視されています。
例えば、経済産業省は「熾烈化する国際競争の中で国内投資を促進し、産業基盤を強化するための大胆な税制」を掲げ、中小企業支援の観点から研究開発税制や設備投資税制の拡充を求めています。一方、国土交通省は住宅取得環境の厳しさを踏まえ、住宅ローン減税の延長や住宅関連税の軽減措置を要望しています。また、金融庁は個人金融資産の有効活用と消費拡大のため、マイナンバー等の課税証明制度による非課税枠の拡大やサラリーマン向けの給与所得控除引き上げを提案しています。このように、各省庁・団体ごとに重点分野は異なりますが、経済成長と税負担のバランスをどう取るかが共通のテーマとなっています。
2. 2025年8月時点での最新動向
2025年8月29日、財務省は各省庁から提出された令和8年度(2026年度)税制改正要望の状況を公表しました。これによれば、総務省・法務省・外務省・財務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・国土交通省・環境省・防衛省・内閣官房など、主要な省庁からそれぞれ要望事項が提出されています。例えば、経済産業省は「大胆な投資促進税制」の創設を掲げ、AI・半導体・バイオ等の戦略分野への設備投資や研究開発投資を促す税制優遇を求めています。国土交通省は住宅・建設分野の税制優遇の延長(住宅ローン減税や認定住宅減税など)を提案し、自動車税の軽減措置延長も求めています。環境省は脱炭素・循環型社会の実現を後押しする税制(カーボンプライシング制度の整備やエコカー減税の延長等)を要望しています。
一方で、財務省自身は財政健全化の観点から、2026年度に向けて既存の時限減税措置の整理や税制の恒久化・安定化を図る方針を示しています。例えば、2024年4月に適用期限が来るガソリン税の旧暫定税率(25.1円/L)の廃止は既に決まっており、これにより将来的な財源不足を補填する必要があります。また、グローバル・ミニマム課税(15%の企業最低税率)に対応するため、2025年度税制改正でQDMTT(国内最低課税額に対する法人税)の創設が決まっており、2026年度からその実施準備に入る見通しです。このように、8月時点では各省庁の要望が集約され、政府内での調整が進んでいます。今後は与党(自民・公明)と在野党との協議を経て、年末の税制改正大綱に反映される内容が洗練されていくことが予想されます。
3. 主要な改正要望の内容
2026年度税制改正要望では、法人税・所得税・消費税・相続税・贈与税など主要な税目について、以下のような改正が議論されています。
3.1 法人税に関する要望
法人税率の引き下げ: 国内投資を促進し国際競争力を高めるため、法人税の実効税率引き下げが経済界から強く求められています。新経済連盟は「税率引き下げにより税収を増やし、国内投資を促進する『税と成長の好循環』」を掲げ、法人税・所得税・相続税の税率引き下げを提言しています。ただし財務省は財政制約から大幅な減税に慎重であり、「大胆な投資促進税制」といったインセンティブ制度の充実で代替する方向が示唆されています。実際、経済産業省は研究開発税制の拡充や設備投資税制の創設を要望しており、AI・半導体・バイオなど戦略分野への投資を後押しするための税額控除拡大を提案しています。
研究開発(R&D)税制の拡充: 各国の競争激化に対応し、日本企業の技術革新を促すため、R&D税制の拡充が主要な要望の一つです。現行制度では大企業の場合、試験研究費の1~14%を法人税額から控除できる「一般型」や、大学・研究機関との共同研究には最大40%の控除率が適用される「オープンイノベーション型」があります。2026年度にはこれらの控除率の引き上げや適用要件の緩和が検討されています。
新経済連盟はAI開発・利活用支援やソフトウェア投資の促進を提言しており、経済産業省も研究開発投資の増減に応じたインセンティブや中堅企業向け優遇を求めています。また、大企業が中小企業や大学と連携して行う共同研究の控除率引き上げ、試験研究費の範囲拡大など、具体策の議論が進んでいます。
設備投資税制の創設・拡充: 国内での生産拠点強化や先端設備導入を促すため、新たな設備投資促進税制の創設が期待されています。経済産業省は「大胆な投資促進税制」を打ち出し、今後5年間を「集中投資期間」と位置づけて高付加価値分野への設備投資を後押しする税額控除制度を提案しています。具体的には、AI・半導体・バイオ・エネルギー・電動化など戦略分野への設備投資に対し、一定割合の税額控除や特別償却を認める構想です。また、中小企業向けには中小企業基盤強化税制(中小企業が新たな設備や技術導入を行った場合の税額控除)の拡充も要望されています。さらに、資産の有効活用促進のため中古機械設備の取得税額控除の創設も検討されています。
国際課税への対応: グローバル・ミニマム課税(支柱2)の発効に備え、2025年度税制改正で国内最低課税額に対する法人税(QDMTT)が創設されました。2026年度以降、多国籍企業の海外子会社が15%未満の低税率で課税されている場合、親会社である日本法人に対して差額部分を追徴課税する仕組みです。これにより、日本企業の海外移転を防ぎ、国際的な公平性を確保する狙いがあります。一方、経済産業省はCFC税制(国外支配会社税制)の見直しも要望しており、海外子会社の保留所得課税の基準税率引き下げなど対応を図るとしています。また、デジタル経済の発展に伴い、海外サービス提供企業に対する課税強化(デジタル課税の国際協調策)も議論されています。
その他法人税関連: 中小企業の事業承継を支援するため、事業承継税制の恒久化が求められています。現在、後継者が親会社の株式を取得した場合の譲渡益非課税措置などは時限措置ですが、中小企業団体はこれを恒久制度として定着させるよう提言しています。また、エンジェル税制(スタートアップへの個人投資に対する税額控除)の拡充やストックオプション税制の柔軟化、社会的投資減税の創設など、ベンチャー企業支援や社会貢献投資促進のための法人税・所得税上の優遇措置も議論されています。さらに、大企業に対しては防衛費増強の財源として法人税増税の議論もありますが、経団連は「国内投資や賃上げにマイナス」として慎重姿勢を示しています。実際、防衛費増強のためには2026年度から法人税額から500万円控除した上で4%の付加税(防衛特別法人税)を課す案が検討されています。
3.2 所得税・住民税に関する要望
課税最低限の引き上げ(「103万円の壁」の見直し): 長年課題視されてきた所得税・住民税の課税最低限、いわゆる「103万円の壁」の引き上げが、2026年度分以降の所得税について本格検討されています。2025年度の税制改正では基礎控除の特例措置が創設され、2024年分所得税で一時的に基礎控除額を上乗せする措置が講じられました。2026年分以降は基礎控除額を一律に引き上げ、給与所得控除の最低額も引き上げる方向です。与党は当初「178万円を目指す」と掲げていましたが、実際の改正大綱では基礎控除123万円(給与所得控除最低65万円+基礎控除65万円)に引き上げる案が示されました。さらに在野党の要望も踏まえ、基礎控除に20万円の上乗せを加えて合計143万円(給与所得控除最低65万円+基礎控除78万円)に引き上げる方向で調整されています。これにより、一般的な社会保険料負担者で年収約188万円までが非課税となり、「103万円の壁」は大幅に緩和される見込みです。ただし、基礎控除拡大に伴う減収分は防衛費増強や社会保障財源確保の観点から、富裕層への増税措置(高所得者の税率引き上げや控除縮小)で補填する必要があり、与野党間での調整が続いています。
扶養控除の見直し: 少子高齢化に伴い、扶養親族控除制度の見直しも議論されています。特に16~18歳の高校生等の扶養控除について、2026年分以降の所得税で38万円から25万円に引き下げる方向が示されています。これは児童手当の拡充(全世帯一律月額1万円)との整合性を図るためで、扶養控除縮小による税負担増は児童手当で補填する構想です。一方、配偶者控除の見直し(いわゆる「年収103万円の壁」の解消)も引き続き課題ですが、2025年度改正で配偶者特別控除の適用所得上限が150万円に引き上げられました。今後はさらに配偶者控除制度の簡素化や廃止も検討課題となっています。ただ、配偶者控除廃止は女性の就業促進につながる一方で、非課税配偶者世帯の税負担増となるため、慎重な議論が必要です。
給与所得控除の見直し: サラリーマンの税負担軽減策として、給与所得控除の見直しも要望されています。2025年度改正では給与所得控除の最低額が55万円から65万円に引き上げられました。2026年度以降も、給与所得控除の累進構造の見直しや控除額の引き上げが議論されています。特に中高年の給与所得控除(年齢65歳以上の給与所得控除)について、現在は非課税枠が狭く増税感があるとの指摘があり、引き上げ要望があります。また、パートタイマーなど低所得者の就業促進のため、配偶者控除と給与所得控除の連動による「年収の壁」解消策も検討されています。さらに、自由業者や個人事業主との公平性確保の観点から、給与所得控除と事業所得の青色申告特別控除の差異是正も議論されています。
退職所得控除の見直し: 退職金の税負担についても見直しが求められています。現行の退職所得控除は、勤続年数に応じて控除額が算定されますが、長期勤続のサラリーマンにとって控除率が低く、実効税率が高いとの指摘があります。2025年の参院選では「退職金増税の阻止」が野党の公約となり、2026年度税制改正で退職所得控除の拡充(控除額の引き上げや計算方式の見直し)が検討されています。これは高齢者の手取り退職金を増やし、老後資金の確保を後押しする狙いがあります。一方、公的年金の課税最低限引き上げ(年金の非課税枠拡大)も高齢者対策として議論されています。
金融所得課税の見直し: 個人の金融資産の有効活用と消費拡大のため、金融所得の課税方式見直しも注目されています。現行は上場株式等について申告不要の申告分離課税(20.315%)が適用されていますが、新経済連盟は「すべての金融所得を申告分離課税(一律税率)」に移行し、金融資産の国内還流を促すことを提言しています。具体的には、株式・投資信託・預金利息などすべての金融所得を20%程度の一律税率で申告分離課税とし、累進課税を廃止する案です。これにより、富裕層でも金融資産を国内に預けやすくなり、資金の円滑な投資につなげる狙いです。一方、一部では金融所得税率を30%に引き上げて富裕層増税とする議論もありますが、現時点では税率引き上げ案よりも申告分離課税の拡大方向が有力と見られます。また、NISA(日本版ISA)制度の恒久化・拡充も要望されており、非課税枠の拡大や適用資産の拡充が期待されています。
その他所得税・住民税関連: 少子化対策として、子育て世帯の税負担軽減も重要なテーマです。具体的には、児童扶養控除の拡充や子ども・子育て支援税制(子ども手当非課税措置の恒久化、教育費控除の拡充など)が議論されています。また、介護負担者への税優遇拡充(介護医療費控除の拡大や介護給付の非課税措置)も検討されています。さらに、デジタル社会の進展に伴い、副業所得やサービス収入の課税簡素化(一定額以下の副業所得の非課税措置等)も要望されています。個人の納税環境整備としては、青色申告の簡素化やマイナンバー課税証明制度の活用拡大による申告負担軽減も論点です。
3.3 消費税に関する要望
軽減税率制度の見直し: 現行、消費税は一般品目に10%、飲食料品や新聞購読に8%の軽減税率が適用されています。この軽減税率制度の在り方について、2025年度の税制改正で軽減税率の見直しが本格議論されました。財務省は軽減税率による税制複雑化や納税者負担増大を指摘し、単一税率化や簡素化を模索しています。一方、低所得者の生活保護の観点から食料品等への税率優遇は維持すべきとの声も強く、与野党で意見が分かれています。2026年度に向けては、軽減税率の恒久化か、あるいは低所得者向けの給付付き税額控除への切り替えが議論されています。後者は、一定の所得以下の世帯に対して消費税納税額の一部を税額控除(給付)する仕組みで、軽減税率の不公平さを是正する提案です。立憲民主党などは食料品の消費税を一時的に0%にする案も提示していますが、財源確保の難しさから実現は不透明です。総じて、消費税の軽減税率制度は「簡素化・公平化」と「低所得者保護」のバランスで模索される見通しです。
免税制度の改正: 訪日外国人旅行者向けの消費税免税制度について、2023年からの観光回復を受け、免税手続きの見直しが進められています。2026年11月からは、現在の購入時免税(ダイレクトタックスフリー)からリファンド方式(購入後に税額還付)への切り替えが予定されています。これにより、小額購入でも免税適用が可能となり、購入時の税込価格表示が統一されるメリットがありますが、旅行者側の手続き負担が増える懸念もあります。業界団体は免税制度の維持・拡充を求めており、日本商工会議所は外国人旅行者向け免税制度の継続を要望しています。また、免税対象額の引き下げや免税品の範囲拡大(例えばサービス業への適用)も検討されています。一方、国内消費振興の観点から国内消費者向けの一時的な消費税減税(いわゆる消費増税打ち消し策)も議論されていますが、財政制約から実現は難しいと見られます。ただし物価高の中で消費税の一時減税や還付を求める声もあり、野党側では「消費税減税法案」の提出を検討する動きもあります。
その他消費税関連: デジタル決済推進のため、ポイント還元措置(デジタル決済利用時のポイント還元)の延長も要望されています。現行は中小店舗でのデジタル決済利用に1~5%のポイント還元が行われていますが、これを恒久化または拡充する提案があります。また、海外からのサービス購入(クラウドサービスやオンラインゲーム等)に対する消費税課税の徹底(いわゆるクロスボーダー電子商取引の課税)も進められています。さらに、地方創生の観点から地域通貨や地域ポイントの税制優遇(地域通貨利用時の消費税非課税措置等)も検討されています。ただし、消費税は税収が大きく財政の柱でもあるため、減税策は慎重に検討される見通しです。
3.4 相続税・贈与税に関する要望
相続税・贈与税の一体的見直し: 近年、資産移転税制の見直しが重要なテーマとなっています。2023年度税制改正では、相続時精算課税(子どもへの生前贈与を相続時にまとめて課税する制度)の適用要件緩和や贈与税の基礎控除拡大(年額110万円→150万円)が行われました。2026年度に向けては、相続税と贈与税の一体的な見直しが議論されています。具体的には、生前贈与と相続の税負担の均衡を図るため、生前贈与の持ち戻し期間(相続開始前の贈与を相続税に算入する期間)を現行の3年から7年に延長する案が有力です。これは欧州諸国の制度に倣い、相続開始前7年以内の贈与を相続財産に加算課税するもので、より早い生前贈与を促す一方で、短期間の贈与で税を逃れる行為を抑制する狙いがあります。
また、相続税の課税価格に加算される暦年贈与の範囲も拡大検討されており、贈与税の基礎控除見直しや税率構造の見直しも含めた包括的改正が検討されています。
相続税税率・控除の見直し: 相続税の税率は現在、超過累進課税で10%から55%(配偶者控除適用後の場合最大55%)まで設定されています。新経済連盟は相続税の税率引き下げを提言していますが、一方で財政面からは高額相続への税率強化も議論されます。実際、2025年度改正では高額相続への上乗せ税(遺産額が一定額を超える場合に税率を引き上げる措置)の導入も検討されましたが、現時点では実行見送りとなっています。また、相続税の基礎控除(非課税枠)については、「5,000万円+1,000万円×法定相続人数」と定められていますが、資産価格の上昇を踏まえ非課税枠の引き下げも議論されています。ただし、中小企業経営者や農家の事業承継を阻害しないよう、事業承継税制の充実(相続税の納税猶予や軽減措置の拡充)も併せて検討されています。実際、日本商工会議所や経団連は中小企業の事業承継税制の恒久化・拡充を強く求めており、これに応える形で相続税の見直しが行われる可能性があります。
贈与税の見直し: 生前贈与の促進と相続税負担軽減のため、贈与税の制度拡充も検討されています。2023年度改正で相続時精算課税の適用要件が緩和され、20歳未満の子に対する贈与でも適用可能となりました。2026年度にはさらに相続時精算課税の拡充(例えば適用対象親族の範囲拡大や控除額の見直し)が期待されています。また、暦年課税(年間150万円まで非課税)の見直しも論点です。富裕層が毎年150万円ずつ贈与する「小口贈与」で税負担を減らす動きが指摘されており、これに対応するため累進課税の導入や贈与税税率の引き上げも検討されています。ただし、一般世帯の資産移転ニーズに配慮しつつ、贈与税の基礎控除の維持も重要です。総じて、相続税・贈与税の見直しは「世代間の公平」と「資産移転の円滑化」を両立させる方向で議論が進んでいます。
その他相続税・贈与税関連: 資産評価面では、土地・不動産の評価額算定方式の見直しも課題です。相続税評価額は路線価の一定割合で算定されますが、実勢価格との乖離が大きいと指摘されています。2026年度には評価率の見直しや評価方法の簡素化が検討される可能性があります。また、生命保険金や退職金の課税についても、相続税との関係で見直しが議論されています。例えば、相続税の対象となる生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人数)の見直しや、退職金の相続税評価の見直しなどが検討されています。さらに、海外資産への相続税課税強化(国外財産の申告義務化など)も国際的な租税回避防止の観点から進められています。
3.5 その他の税目・制度に関する要望
地方税・物品税の見直し: 地方税については、自治体財政の安定化と地方創生の観点から地方譲与税の見直しや地方税の自立化が議論されています。例えば、ガソリン税や自動車重量税の一部は地方譲与税として地方自治体に配分されていますが、財源配分の公平性や透明性向上のため制度見直しが検討されています。また、酒税・たばこ税など物品税については、健康志向の高まりからたばこ税の引き上げや酒税の簡素化が検討されています。一方で、酒業界からは酒税引き下げによる国内消費促進を求める声もあります。たばこ税については健康増進策として税率引き上げが続いてきましたが、将来的な税収減少を見据えた代替財源確保も課題です。
環境税・エネルギー税の充実: 脱炭素社会実現のため、環境税やエネルギー税の充実も重要な要望です。経済産業省・環境省はカーボンプライシング制度の創設を提案しており、2026年度から産業界のCO₂排出に価格を付ける仕組み(例えば排出量取引制度や炭素税)の導入が検討されています。また、再生可能エネルギー(再エネ)の普及を促すため、再エネ設備への投資税制(税額控除や特別償却)の拡充や化石燃料への課税強化も議論されています。自動車税については、電気自動車(EV)やハイブリッド車への転換を後押しするため、エコカー減税の延長やEVへの優遇措置拡大が求められています。実際、国土交通省はガソリン車からEVへの移行を促すため、EV購入時の税負担軽減策を要望しています。さらに、資源循環の観点からプラスチック容器包装廃棄物に対する税課徴(プラスチック税)の導入も検討されています。
デジタル課税・国際税の対応: デジタル経済の発展に伴い、従来の課税ルールに対応しにくい取引が増えています。これに対処するため、デジタル課税の国際協調策が検討されています。経済産業省は「デジタル経済に対応した新たな国際課税ルールの国内法への取り入れ」を要望しており、具体的には支柱1(デジタル企業の利益配分ルール)の国内法化や、クロスボーダー電子商取引の課税強化が進められています。また、海外のデジタルプラットフォーム事業者に対する課税(いわゆるデジタルサービス税)も議論されていますが、OECDの国際合意に沿った形で進める方針です。さらに、資本移動の活発化に伴い国外送金や暗号資産取引の課税強化も検討されています。暗号資産については2025年度改正で法人の暗号資産評価益課税の撤廃が決まりましたが、個人の暗号資産取引については申告分離課税への一本化や損失繰越の認め方など課題が残り、2026年度に引き続き議論される見通しです。
納税環境の整備: 納税者の利便性向上と税務行政の効率化のため、デジタル納税システムの導入や税制の簡素化も重要なテーマです。具体的には、オンライン申告・納税の推進、電子帳簿の受け入れ拡大、マイナンバーカードを活用した税務手続きの簡便化などが進められています。また、青色申告制度の見直しや青色申告特別控除の拡充も中小企業や個人事業主支援の観点から検討されています。さらに、国際的な税務情報交換(CRSなど)の進展に合わせ、国外所得や国外資産の申告制度の強化も行われています。納税環境の整備は納税者サービスの向上と税収確保の両面に寄与するため、政府は引き続きこの分野の投資を行う方針です。
4. 各府省庁・業界団体の要望比較
2026年度税制改正に向け、各省庁や主要な業界団体がどのような要望を出しているか、その特徴を比較します。
- 経済産業省: 国内投資の拡大と産業競争力強化を最優先課題と位置付け、「大胆な投資促進税制」の創設を掲げています。具体的には、AI・半導体・バイオ・エネルギー・電動化など戦略分野への設備投資に対する税額控除や特別償却の創設、研究開発税制の拡充(控除率引き上げや適用要件緩和)、中小企業基盤強化税制の延長などを要望しています。また、グローバル・ミニマム課税への対応としてCFC税制の見直しやQDMTTの適用円滑化も求めています。経産省は国内投資と技術革新の促進がキーワードです。
- 国土交通省: 住宅・建設分野と輸送分野の税制優遇を強く主張しています。住宅に関しては、住宅価格高騰や少子高齢化を踏まえ、住宅ローン減税(住宅取得資金特別税額控除)の延長や認定住宅の投資型減税の継続、新築住宅の固定資産税軽減措置の延長などを要望しています。自動車に関しては、EVやエコカーへの転換を促すため、エコカー減税の延長やEV購入支援策を求めています。また、物流効率化のため新たな物流拠点整備への税制優遇創設や、電気バス・先進安全技術搭載車両への減税措置創設も提案しています。国交省は住宅取得環境の改善と脱炭素・安全な交通システムの構築がメインテーマです。
- 環境省: カーボンニュートラル(2050年)の実現に向け、脱炭素投資と環境保全を後押しする税制を提案しています。具体的には、カーボンプライシング制度(排出量取引や炭素税)の創設や、再生可能エネルギー導入のための税制優遇拡充を求めています。また、資源循環型社会の実現に向け、プラスチック廃棄物削減のための税措置や、循環利用技術投資の促進策も要望しています。環境省は地球温暖化対策と資源循環が柱です。
- 金融庁: 個人の金融資産の有効活用と消費拡大を図るため、金融所得課税の見直しや給与所得者の税負担軽減を提案しています。具体的には、マイナンバー等の課税証明制度により非課税枠を拡大し、給与所得控除を引き上げることでサラリーマンの手取り増を狙っています。また、住宅ローン減税の延長やセーブスカウト制度の恒久化、iDeCo制度の拡充(加入者要件緩和など)も要望しています。金融庁は個人の資産形成と消費喚起が主眼です。
- 厚生労働省: 社会保障財源の確保と少子高齢化対策の観点から、所得税・相続税の見直しを求めています。具体的には、基礎控除拡大による減収分を富裕層増税で補填することや、相続税・贈与税の一体見直しによる税負担の公平化を支持しています。また、医療・介護サービスの提供拡大のため、医療法人等への税制優遇拡充も要望しています。厚労省は社会保障の持続可能性がポイントです。
- 財務省: 財政健全化と税制の簡素公平を掲げ、時限減税措置の整理や恒久化を図る方針です。例えば、ガソリン税の旧暫定税率廃止による減収補填策として、他の税目での増税や歳出削減を主張しています。また、軽減税率制度の見直しや相続税・贈与税の一体見直しを進め、税制の複雑さを解消することを重視しています。財務省は財政再建と税制簡素化が最重要課題です。
- 日本商工会議所(日商): 中小企業の声を代表し、事業承継税制の恒久化や外国人旅行者向け免税制度の維持を強く求めています。また、中小企業の研究開発促進のため試験研究費税額控除の拡充や、賃上げ促進税制の延長も要望しています。日商は中小企業の成長と活力維持がテーマです。
- 経団連(日本経済団体連合会): 大企業を中心に、法人税の引き下げや研究開発投資促進税制の拡充を提言しています。また、ガソリン税旧暫定税率廃止に伴う代替財源としての法人増税には慎重姿勢を示し、「国内投資や賃上げにマイナス」としてけん制しています。経団連は国際競争力確保と成長戦略が重視されています。
- 新経済連盟(JANE): IT企業やベンチャー企業を中心に、税率引き下げによる税と成長の好循環を掲げています。法人税・所得税・相続税の引き下げや、研究開発税制の強化、AI開発支援、スタートアップ支援税制(エンジェル税制拡充など)を提言しています。また、金融所得を一律申告分離課税にすることや、暗号資産の損益通算・分離課税化も提案しています。新経連はイノベーション推進と大胆な減税を主張しています。
- 日本経済新聞(日経)等メディア分析: 2026年度税制改正では、与野党間で「103万円の壁」引き上げやガソリン税旧暫定税率廃止について合意が進んでいる一方、その財源確保策(富裕層増税など)で対立が予想されます。また、防衛費増強の財源として法人税増税が浮上していますが、経済界の反発も強く、控除措置を付けた形での小幅増税(例えば年500万円までの所得は非課税とするなど)で調整する方向が示唆されています。メディアは総じて、成長戦略と財政再建の両立が最大の難題と指摘しています。
以上のように、各省庁・団体の要望はそれぞれの政策目標に沿って異なりますが、共通して経済成長と税負担のバランスをどう取るかが焦点となっています。政府はこれら多様な要望を踏まえ、年末の税制改正大綱で優先順位を決定していくことになります。
5. 2026年度税制改正の今後の見通し
2026年度税制改正の大枠は、2025年12月に与党(自民党・公明党)で取りまとめられる税制改正大綱で決定されます。その際、野党側の意見も一部反映される可能性があります。現在、与党は「103万円の壁」の引き上げやガソリン税旧暫定税率の廃止を盛り込む方針ですが、その財源確保策として富裕層増税(高所得者の税率引き上げや控除縮小)を講じる見込みです。一方、在野党はさらなる課税最低限の引き上げや消費税減税などを主張しており、与野党協議で折衝が続いています。ただし、財政制約上、大幅な減税策は限定的と見られ、「減税と増税のパッケージ」で調整する方向です。
2026年度税制改正法案は、2026年通常国会(1月開会予定)に提出され、与党の過半数により成立が見込まれます。ただし、野党の強い反発を招く増税策(例えば配偶者控除廃止や高額相続税の上乗せなど)については、実施時期を先送りしたり条件付きで盛り込む可能性もあります。また、防衛費増強の財源確保策として法人税増税が盛り込まれる場合、経済界の反発を和らげるため「賃上げや投資を行えば軽減」といったインセンティブ措置を付与する案も検討されています。
今後の見通しとしては、経済状況の変化も注視されます。2025年前半まで続いた物価高や円安が改善傾向にあれば、消費税減税や一時的な減税措置の必要性は低下しますが、逆に景気後退懸念が高まれば政府は経済刺激策として税優遇措置の延長や拡充を検討するでしょう。また、国際的には米国やEUの税制動向(例えば米国では2025年末に大規模減税措置の失効が予定されています)にも注意が必要です。日本の税制改正もこうした国際環境の中で、成長と財政再建の両立を図る形で最終決定されていくと考えられます。
総じて、2026年度税制改正は「少子高齢化への対応」「経済成長の推進」「財政健全化」という三本柱の下、様々な要望を調整しながら行われる見通しです。年末の税制改正大綱発表により具体策が明らかになり、その後国会での審議を経て実現していきます。
6. 関連するキーワードと解説
本稿で触れた主要な税制用語や政策キーワードについて、簡単に解説します。
- 税制改正要望: 毎年8月頃に各省庁が財務省に提出する、来年度の税制改正に関する要望書。各府省の政策目標に沿った税制度の変更点を盛り込んでおり、税制改正大綱作成の土台となる。
- 税制改正大綱: 与党(自民・公明)が毎年12月に取りまとめる、翌年度税制改正の基本方針。各省庁の要望や経済界・在野党の意見を踏まえ、具体的な改正項目とその内容を定める。
- 103万円の壁: 所得税・住民税の課税最低限のこと。現行、給与所得者で社会保険料負担がある場合、年収約103万円まで非課税となるため、この額を「壁」と呼ぶ。低所得者の税負担軽減のため引き上げが求められてきた。
- 基礎控除: 所得税の非課税枠の一つ。全ての納税者に一律適用される控除額で、2024年分所得税では38万円(改正前)。2025年度改正で引き上げが決定し、2026年分以降は65万円(仮称)程度に拡大予定。
- 給与所得控除: サラリーマンの給与収入から控除される額。給与収入の多寡に応じて控除額が異なり、最低額は2025年度改正で55万円→65万円に引き上げられた。給与所得控除と基礎控除の合計が課税最低限を決定する。
- 配偶者控除: 扶養親族控除の一種で、配偶者が年収約103万円以下の場合に適用される控除。いわゆる「年収103万円の壁」の原因となっており、見直し(廃止または簡素化)が議論されている。2023年度改正で配偶者特別控除の適用所得上限が引き上げられ、一部緩和された。
- 相続時精算課税: 親が子どもに対して生前に財産を贈与した場合、その累計額を相続開始時に相続財産に加算して課税する制度。2023年度改正で適用要件が緩和され、20歳未満の子への贈与でも利用可能となった。相続税と贈与税の一体課税を実現する仕組み。
- 軽減税率: 消費税において、特定品目(主に飲食料品や新聞)に通常税率(10%)より低い税率(8%)を適用する制度。2019年の消費税率10%導入時に創設された。財務省は複雑化を理由に見直しを求めているが、低所得者保護の観点から維持論もある。
- グローバル・ミニマム課税: OECDの提唱する国際的な企業最低課税制度。多国籍企業グループの実効税率が15%を下回る場合、親会社所在国などで差額分を追徴課税するもの。2025年度税制改正で日本もQDMTT(国内最低課税額に対する法人税)を創設し、2026年度から適用予定。
- カーボンプライシング: CO₂排出に価格を付ける政策手法の総称。代表例は排出量取引制度(上限と取引)と炭素税で、日本政府は2026年度から主要産業に排出量取引を導入する構想を示している。脱炭素投資を促し、カーボンニュートラルを達成するための重要なインセンティブ策。
- デジタル課税: デジタル経済に対応した課税ルールの総称。特にOECDの「2本柱」のうち支柱1が該当し、顧客基盤やデータを持つ大規模デジタル企業の利益を市場国に再配分するルール作りが進められている。各国で国内法化が進められており、日本もこれに対応する税制改正を検討中。
- エンジェル税制: スタートアップ企業への個人投資家(エンジェル投資家)に対する税制優遇。投資額の一定割合を所得税から控除できる制度で、2023年度改正で適用要件が緩和された。新経済連盟はさらなる拡充を提言している。
- 事業承継税制: 中小企業の事業承継を支援するための税制優遇措置の総称。後継者が親会社の株式を取得した場合の譲渡益非課税措置や、相続税の納税猶予・軽減措置などが含まれる。現行は時限措置だが、中小企業団体は恒久化を強く求めている。
7. まとめ
2026年度税制改正要望を巡る議論は、成長と財政の両立という難題の中で様々な要望が交錯しています。各省庁は自らの政策目標に沿った税制改正を求め、経済界や在野党もそれぞれ提言を行っています。主要な論点として、所得税・住民税の課税最低限引き上げ(「103万円の壁」の見直し)、法人税の引き下げや投資促進税制の創設、消費税軽減税率制度の見直し、相続税・贈与税の一体見直し、グローバル・ミニマム課税への対応、脱炭素投資支援のための環境税整備などが挙げられます。
政府はこれら多岐にわたる要望を踏まえ、2025年末の税制改正大綱で優先順位を決定します。その際、財政制約もあり減税と増税のバランスを取る必要があります。例えば、低所得者減税の財源を富裕層増税で賄う、一時的な減税策は時限措置とする、といった形で調整が行われるでしょう。また、国際的な税制動向や経済状況の変化も注視し、柔軟に対応することが求められます。
2026年度税制改正は、日本の経済・社会に大きな影響を与える重要な改正となる可能性があります。個人にとっては手取りの増減や生活環境の変化、企業にとっては投資判断や国際競争力に関わるからです。本稿で述べたような各種要望や動向を注視しつつ、年末の税制改正大綱発表を待つ必要があります。そして、最終的に成立した改正内容に沿って、個人・企業ともに税務計画を立て直していくことになるでしょう。引き続き税制改正の最新情報にアンテナを張り、的確に対応していきましょう。
よろしければTwitterフォローしてください。